2012年03月11日

揺れるんだから仕方ない

こんばんは。たてべです。

今日、最もホットな話題は2011年3月11日に起こった、東日本大震災についてのことでしょう。天の邪鬼かつ根性がねじれているたてべは、この話題に触れずにいようと思いましたが、さて如何に。

高校生の頃に経験した阪神大震災でも、知人、友人、親戚を含め、少々手酷い目に遭いましたが、ちょうど去年の地震とは些かばかりに違う気持ちでした。何しろ高校生でしたから、世界が狭いのですね。世界というのはコミュニティとも言い換えられますが、親戚を除けば、大概は手足の届く範囲に世界が限定されるわけです。その世界でも十二分に地獄絵図はあったわけですが、水、燃料、食料を届けることは出来ました。

※ただし、ここで言っている世界は、火事で酷い目に遭った地域からは離れていました。

諸君、私は形骸化したものが嫌いだ。形骸化した宗教が嫌いだ。形骸化したイベントが嫌いだ。形骸化した式典が嫌いだ。形骸化した追悼が嫌いだ。形骸化した黙祷が嫌いだ。形骸化した祈りが嫌いだ。

諸君、残念なことに、人間は身をもって受けた痛み以外は、忘れてしまう。焼け付いた死体をヤンキー座りで見下ろして悲しいねという、その悲しいねが形骸化を表している。人の死は悲しいのではない。信じられないのだ。例え火葬して遺骨を拾ったとしても、「あれ?実はまだどっかにいるんじゃね?」とふと思ってしまう。電話番号など何の意味も持たなくなっているのに、何故かメモリーから消去しない。


もう一度言う。私は形骸化したものが嫌いだ。


追悼の意を込めて、何々を自粛します。バカか。そういうのは死んだ人間に向けている意ではなく、死んだ人間に追悼の意を向けているから自分は悲しんでいる、と周囲に見せつけるだけのパフォーマンスだ。いい加減、客観的に自分を見て、自分をよく見せるのはやめろ。見せつけられるこっちも恥ずかしい。

もうすぐ花見の季節なんだから、酒飲んで飯食って、どんちゃん騒ぎでもしろ。家に帰ってから一人で泣け。


楽器持ってる奴は、落下対策しろ。壁に吊してるギターは高かったんだろう?ネックが折れてからじゃ遅い。いいか、来週末に落下対策しろ。ローンを払い終えるまで、壊れないように対策しろ。ローンを払い終えるまで死ぬな。カード会社がお金を貸してくれなくなると、今の若い楽器バカが後々困るんだ。


吊ってる楽器が全部壊れたら、たぶんショックで死ぬ。
posted by たてべ at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Doodling | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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